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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2349号 判決 1969年4月15日

控訴人

日本鋼管株式会社

右訴訟代理人

孫田秀春

外三名

被控訴人

石井裕

外三名

代理人

佐伯静治

外五名

主文

原判決中の被控訴人らに関する部分を、つぎのとおり変更する。

被控訴人らが、控訴会社から毎月給与相当金の支給を受ける場合には、その支給を受けるごとに、各自それと引換えに各支給額の四分の一に相当する金員を供託することを条件として、被控訴人らが控訴人に対し雇傭契約上の権利を有する地位をそれぞれ仮りに定める。

申請総費用は、これを四分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中、被控訴人らに関する部分を取り消す。被控訴人らの申請を却下する。申請総費用は、被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。<後略>

理由

一被控訴人らが、原審における相申請人松田および中村とともに被控会社の従業員であつたこと、すなわち、被控訴人石井(旧姓倉川)は昭和二四年一〇月五日に、同山下は昭和三一年一二月二七日に、同渡辺は昭和二八年四月一日に、同阿部は昭和二三年六月一〇日にそれぞれ控訴会社に工員として雇われ、その後同会社の事業場の一である川崎市南渡田町所在の川崎製鉄所に勤務し、後記本件解雇当時、被控訴人石井が検査部検査課所属の検査工、同山下が運輸原料部原料第二課所属の検量工、同渡辺が製管部製管第一課所属の圧延伸張工、同阿部が労務部安全衛生課所属の浴場番であつたこと、被控訴人らはいずれも川崎製鉄所の従業員で組織する日本鉄鋼産業労働組合連合会日本鋼管川崎製鉄所労働組合の組合員であること、控訴会社が昭和三五年一二月一七日付をもつて、被控訴人石井、同山下、同渡辺に対して各懲戒解雇の、被控訴人阿部に対して論旨解雇(懲戒の一種)の各意思表示をしたこと、被控会社と前記組合との間において当時効力を有した労働協約(昭和三五年一一月一日締結)第三八条(昭和二九年一月以降右協約締結まで施行されていた労働協約にも全く同文の規定があつた。)および川崎製鉄所の就業規則第九七条には、従業員に対する懲戒解雇または論旨解雇の事由として、「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」(各第一一号、以下単に本件懲戒規定ともいう。)と定められていること、および被控訴人らに対する右解雇の理由が、昭和三五年六月一〇日のいわゆるハガチー事件における被控訴人らの行動をもつて右懲戒規定に該当するというにあつたことは、当事者間に争いがない。

二ところで、ハガチー事件における被控訴人らの行動、被控訴人らに関する刑事事件の経過、およびこれらに関するテレビ、ラジオ、新聞等の報道等についての当裁判所の判断は、次に訂正、付加するほか、原判決理由二(一)(原判決三五枚目裏終から三行目以下同三九枚目裏終から五行目まで)に記載された判断と同一であるから、右理由部分を引用する。

原判決三九枚目裏終から五行目「は当裁判所に顕著である。」とあるのを、「も当事者間に争いがない。」と訂正する。

被控訴人らは、東京地方裁判所において言渡を受けたハガチー事件(<証拠>によれば、この刑事事件の共同被告人は、控訴人会社の従業員である前記六名を含む二二名である。)における有罪判決に対し、東京高等裁判所に控訴したが、昭和四二年一二月二七日同裁判所において、控訴棄却の判決を受けたので、更に最高裁判所に上告し、右刑事事件は現に最高裁判所に係属していることも、また当事者間に争いがない。

三控訴人会社は、本店を東京都千代田区に置き、全国に多数事業所(工場)または営業所を、米国および西独に事務所を有し、昭和三五年六月当時の資本金二三八億円余の株式会社であつて、鉄鋼・船舶・肥料などの製造販売を営み、その川崎製鉄所は、全従業員三万名中一万三千名を擁し、会社の主力工場であるとともに、京浜地帯最大規模のそれであることは、当事者間に争いがない、さて、控訴会社がハガチー事件の発生後に受けた経営活動面への影きようと、これに対処するためにした措置などについて考察するに、<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、(一)控訴会社は昭和三五年初頭から、その株式を米国市場で売却して外資を導入しようとし、本社はもとより、在ニユーヨークの米国事務所において、金融機関および日米の証券会社などと種々折衝した結果、実現可能の見透しのできるまでに運び同年内の実現を期していたが、ハガチー事件により米国民の対日感情悪化等の悪材料が生じたので、米国商社筋の勧告によつて、右商議の継続を断念するのやむなきに至つた。(二)控訴会社は、当時建設途上にあつた水江製鉄所等の設備資金として、世界銀行に対し第三次借款(金八〇億円弱)を申入れており、ハガチー事件が従業員の関与によつて発生したので、これが右借款実現に悪影響を及ぼすのをおそれて、とりあえず同年六月一四日控訴会社社長名で同銀行貸付審査部理事エス・アルドワールドにあてて、ハガチー事件の容疑者中に控訴会社の従業員が含まれていることについて、遺憾の意を表明する旨の文書を送つたが、これに対してなんらの応答が得られなかつた。そうして控訴会社よりは時期的に早く借款調印が同年七月と予定されていた国内大手製鉄会社二社の分がハガチー事件の発生のゆえに延期となつたため、控訴会社に対する借款の実現も不可能になつたものと判断して、同年八月頃世界銀行に対し、借款申入れの撤回を通告した。このために控訴会社の企図していた生産力増強の企劃は、少くとも数ケ月以上の遅延を余儀なくされた。(三)控訴会社はかねてから米国のエイ・エム・バイヤーズ社と同社開発のアストン式錬鉄製造法に関する技術提携および控訴会社製品の同社販売網による販売につき契約を締結すべく交渉していたが、ハガチー事件発生後、同社から同事件の成行を見とどけるまで右契約の締結を見合わせる旨の申出を受けたので、右交渉を中止したままになつている。(四)控訴会社はかねてから米国テキサス州所在アトラス・パイプ社に対し、控訴会社製品の油送管を毎月約一、〇〇〇トン当て売却していたが、ハガチー事件後その販売量がおおむね半減した。(五)控訴会社は昭和三五年六月一四日ハガチー事件が被控訴人ら控訴会社の従業員らの関与によつてひき起されたものであることを知り、社長は直ちに米国大使館に赴き陳謝し、部長、所長らは、それぞれ控訴会社の金融関係、取引関係、同業関係各方面に釈明ないし情況報告を行い、右事件の控訴会社に対する影響を最小限に抑えるよう努力した。

そして、<証拠>によれば、ハガチー事件直後から、米国各地で日本商品の不買運動が起き、当時既に成立していた一般雑貨などの商談ないし売買契約が破棄され、日本公債の市場価格が暴落する等の事態が生じたことが認められる。

四解雇の意思表示の効力について。被控訴人らは、同被控訴人らのハガチー事件における行動は、前出一に掲げる懲戒規定に該当しないから、本件解雇が無効である旨を主張する。以下に解雇の効力について考える。

(1)  まず、本件懲戒規定を解釈するための資料として、本件に提出されたものを検討する。<証拠>をあわせて考えると、本件懲戒規定の内容および成立の経過は、つぎのようである。昭和三五年の労働協約および昭和三三年以降の就業規則によると、前者においては、その第三四条から第三九条までに、後者においては、その第九三条から第九八条までに、いずれもほぼ同文で各種懲戒の種類を、譴責・減給・出勤停止・論旨解雇および懲戒解雇の五区分とし、その効果・情状酌量・みぎ各種の処分を科せられる行為三六項目を列挙し、そのうち解雇事由としては、前記各行為のうちでは重要と見えるものにつき、一号から一一号に及ぶ。行為の態様は、多岐にわたるが、その多くは、勤務場所ないし勤務中の非違に関するものであるとともに、規定の文言のうえで、必ずしもそのような場合に限定されないものを含む。

(イ)  問題の解雇事由についての第一一号の規定が始めて定められたのは、いつ頃からであるか明らかでないが、昭和三〇年中の会社・組合間の交渉において、組合から、この規定は抽象的であり、色々の問題に乱用払大適用される危険があるから、削除せらるべきである旨の要求がなされた。これを削ることは、到底会社側の諒解を得られないところから、組合では、この規定を適用すべき場合の具体的基準について会社側の同意を取りつけたいとして、従業員の行為が直接に会社に対して行われた場合に限つて適用されるべきであるとする趣旨において当該行為が会社に対して、「(1)名誉毀損を構成したとき、(2)民事上の損害を加えたとき、(3)信用を損つたとき」を挙げ、但し、これを組合活動に対して乱用しないこと、また、ここに「信用」の解釈適用については、労使間で十分協議すべきことを提案した。しかし、会社は、書面はもとより、口頭でもこれに賛意を表しなかつた<証拠判断省略>。かくして、第一一号の規定の文言は、従前のとおり存置されることとなつた。(ロ)解雇に関する規定ではないが、昭和三五年一一月の労働協約の第一〇条の規定に、組合が就業時間中に組合活動を行なう場合には、会社に通知するものとし、ただし会社は、業務の正常な運営、信用体面の保持もしくは所内秩序、職場規律等の維持に支障をきたす場合は変更を求めることができる。」旨を定めているところ、この規定の解釈に関し、「信用体面の保持に支障をきたす場合とは、会社の取引関係、友誼関係に悪影響をおよぼす場合をいう。」旨、会社と組合間の協議において双方の意見が一致し、その旨を記録した議事録に登載されており、この記載事項は、昭和三五年一一月の労働協約成立のときに労使間に確認されて、将来における取扱いの基準とすることとなつた。

(2)  「体面」、ひいて「体面を著るしく汚す」の語が懲戒規定中に用いられていることは、使用者が恣意的にこれによる解雇権を発動しないものとしても、(1)で判示したところにもその一端がうかがわれるように、問題を含まないではない。この語は、必ずしも広く一般に日常用いられているものではないし、法規範には殆んど馴染みがない。一般に理解されるその語義としては、「世間(世の中、自分以外の一般の人々)に対するていさい(①ありさま。すがた。かたち、②みえ。外見。面目。)(「めんぼく」とは、人にあわせる顔、世人に対する名誉」)(新村出、広辞苑の所説による。)として理解され、規範的のものであるとしても、日本的情想ないし発想に出た一種特別の用語の嫌いがないではない。また、「不名誉な行為」という表現は、一見自明のように見えながら、文脈上これに関連して後置された前記の「体面」の語とのかねあいにおいて理解しようとするとき、これもまた幅が広すぎてあいまいなものを含む。懲戒処分一般、殊に懲戒解雇という制度が、後にも説くように、労働関係においてこれを肯定せざるを得ないものとし、本件当事者間についても、前示の労働協約および就業規則にその根拠を求めるべきであるとするならば、前示のように概念的に不明確なものを含むそれらの規定は、法律上客観的・合理的にこれを解釈適用することを要する。ここでかりに以上に示した観点に立つて、本件懲戒規定にいう「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」の意義を考えれば、「違法の所為を行い、その結果会社の存立・事業の運営につき法律上保護せらるべきその社会的評価を著るしく毀損したとき」を指称するものと解することが相当である(内部的な名誉感情等も保護に値いするが、これに対する侵害については、ここに説かない。)。

(3) 使用者は、企業における生産性の向上をはかるべく、経営秩序の防衛・服務規律の維持のために、従業員が労務提供に際して、以上の目的に背反する言動に出たとき、就業規則または労働協約の定めるところに従い、その行為の性質・態様に応じて解雇その他の懲戒処分をすることのできることは、一般に承認されている。かくして従業員は、命じられた労務を提供するに際して、労働契約上、企業内の紀律・経営秩序として使用者によつて示されるものを尊重すべきことは、もちろんである。他面従業員は、労務提供以外の一般私生活面においては、原則的には、その行動を企業によつて支配されるものではない。さりとて、企業の事業所外における、労務提供と直接関係なしに行なわれる民事・刑事の違法行為は、全く企業経営上の利益・秩序と無関係であり得ようか。いやしくも従業員が使用者との間に対価を伴なう契約を結び、これによつて日常生活の保障を得ている以上は、直接の労務提供以外の場面においても、企業に有形無形の損害を与える等企業の運営に支障を及ぼし、または及ぼすおそれがあるような行為をしないという、企業外の一般人におけると異なつた、前示契約に伴なう義務ないし拘束が存すると考えることが相当であつて、従業員が若しこの義務に違反し、ないし拘束に対する使用者の信頼を裏切る行動に出て、ために法律的に保護に値いする企業の利益に不測の損害を生じた場合には、これを理由として懲戒処分を受けることがあつても、やむを得ないものといわねばならない。いうまでもなく企業は、不断に利潤の追求を目的とするものであり、この目的のために広い意味での企業活動の防衛の必要と措置とが要求される。このために使用者は、被用者の前記のような違法不当な所為のゆえに、懲戒処分をし、ときに解雇せぜるを得ず、かくして、雇傭関係の終了を肯定することが一般社会通念上もやむを得ないものとされる場合には、当該被用者の行為が企業内においてなされたか、企業外においてなされたか、はたまた直接に使用者に向けられたか否かを区別することは、事の性質上からも、目的論的の見地からも意味を持たないことになるのである。

(4)  いまこれを本件について考える。ハガチー事件における被控訴人らの行為は、その主観的心情はともあれ、前判示の事実によれば、憲法の規定する法治主義の原則に反し、民主主義を乱用したものであつて、わが国の法律上はもちろん、社会的にも非難に値いするものであり、また、その行為が国際法上も保護せらるべき外国使節に向けられたことにおいて、一般外国からの日本国政府および国民に対する法律的ないし道義的非難を免がれないものである。そうして、控訴会社の事業の運営にあたつて生起した前判示の三の(一)から(四)までの事態は、まさに控訴会社に有形・無形の民事上の損害が発生したことを示すものであり、世界的反きようをまき起したハガチー事件の発生直後からのことであるという一事からでも、その間の因果関係を推認することを相当としよう。しかも、ハガチー事件に被控訴人らが加担しているのであるから、被控訴人らが違法の所為を行ない、ために会社の事業の運営につき法律上保護せらるべきその社会的評価の著しく毀損されたことが、端的に会社の損害の形で表面化したものともいえそうである。米国における日貨排斥の気運とか、わが国の当時の政情などが、前判示の三の(一)から(四)までの控訴会社の業務上のつまずきの原因であるとする見方については、必ずしもこれを全面的に誤まりであるといえないにしても、少なくとも無暴なハガチー事件が他の原因と競合的に控訴会社の業務に支障を及ぼしたものと考えることも許されるのではないか、前判示のように、控訴会社の取引先がハガチー事件のゆえに、控訴会社との友誼に反する行動をとるに至つたものとすれば、国際法にいう報復行為が行なわれたに比して考えられ、ハガチー事件における被控訴人らの行為は、間接的にせよ、控訴会社に対してなされたものといえないでもない。また、ハガチー事件は、前判示したように、被控訴人らだけによるものではなく、他の労働者および学生らによるものであるが、それにしても、被控訴人らの属する組合の組合員五〇名という多数が現場に赴いたことは、被控訴人らの自ら述べるところであるばかりでなく、刑事事件における被告人の数の点でも、全員二二名のなかで、組合員は、六名を占めている。被控訴人らが組合活動の一環として、組合の決定にしたがつて、現場に赴いたことは、被控訴人らの責任を左右するものではない。被控訴人らが加わつた前判示のような性格のハガチー事件を直近の原因の一つとして、現実に控訴会社の事業の運営に前判示のような支障と損害が発生したと見られる以上は、被控訴人らは、その所為と、そのもたらす将来の事態についての認識のいかんを問わず、前判示の懲戒処分の存在理由と、民主主義における自由と責任との法理とにかんがみ、被控訴人らが控訴会社の従業員としての地位についての責任、本件の場合における懲戒または論旨解雇を免かれ得ない筋合いであることをかえりみるべきではないかと考えられる。

五本件仮処分の当否について、当裁判所の考えるところは、大要以上のとおりである。しかし、本案の争点についての究極的判断は、現に東京地方裁判所に係属している本案訴訟事件の判決によつて決すべきが本筋であるところ、被控訴人らの地位について保全の必要の存することは、弁論の全趣旨によつて認められる。結局本件仮処分の申請は、本案の理由についての疎明に代わる保証を立てさせて、これを許すことが相当であるとして、原判決をその趣旨に変更すべきものとし、民事訴訟法第三八六条・第三八四条・第九六条・第八九条・第九二条・第九三条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。(中西彦二郎 兼築義春 高橋正憲)

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